下に、曼殊院の将碁馬寫の中の文字を、一文字だけですが、画像で貼り付けました。最後から2ページ目には、この一文字だけが書かれています。この字は「駒」です。
最後のページにも、これと同じ、駒という字が書かれており、そのすぐ横に、重なるように3文字、「思無邪」と書かれています。
思無邪は、もともとは詩経の一節からです。思い邪(よこしま)無し。ただ、論語の一節の方が有名なようです。
子曰 詩三百 一言以蔽之 曰思無邪
(子曰く、詩三百、一言以て之を蔽えば、曰く、思い邪(よこしま)無し)
将碁馬寫に書かれた思無邪は、たぶん、詩経の方を意識したのでしょう。思無邪の一節は、詩経・魯頌(ろしょう)の駉(けい)篇にあります。駉の意味を、字通で調べてみますと、馬のたくましいさま、となっていました。
詩経には、次のような一節で現れます。
思無邪 思馬斯徂
思馬斯徂の解釈には、いろいろな説があります。
馬を斯(これ)徂(ゆ)かしめんと思う、という訳もありますし、思を助詞と考えて、具体的には訳さず、この馬これ徂(ゆ)くの意味にとり、馬よ走れ、ひたすらに、というような訳もあります。
さて、図1の字が「駒」だという件ですが、これの確認には、諸象戯圖式の一節と比べていただくということでいかがでしょう。右図は諸象戯式の冒頭です。諸象戯式は、諸象戯圖式の序文のすぐ後に書かれています。将棋の禁止則の羅列で、全部で14カ条ありますが、図2は、初めから5番目までの部分の切り取りです。
諸象戯式の4番目に、大駒という単語が出てきますが、その部分の駒の字と比べて下さい。以下、5番目までの全文ですが、3番目はまだ不確かです。持ち駒が何か聞くということでしょうか。
○ 第一助言の事
○ 駒きかざる方へつかう事
○ (目算するに知れやすきを何何と駒を問(う)事)
○ 打歩にて大駒をつむる事
○ 二歩うつ事
4番目は、打歩詰めのことですが、大駒というと、玉将の他、酔象や飛車や角行も含めているのでしょうか。このあたり、古い棋譜を調べてみるのも面白いかも知れません。
なお、諸象戯式については、投稿84)にて一度取り上げており、そこでは、禁止則の8番目を書いています。諸象戯式の件、まだいろいろとありますので、後日また投稿します。
ともあれ、駒と思無邪、駒に思無邪、その思無邪が詩経なのか論語なのかによらず、また、駒作りでも書道でも、ぼんやりではありますが、よくわかるような気がします。
思いによこしま無し。